2005年4月の中頃に訪れた時のものです。一面残雪で雪深く石碑は剣岳〈標高2999m〉の西北側登山口である馬場島の麓にありました。石碑の裏面には下記の文字が刻まれており、彫刻の書は富山県を代表する書家 吉田帰雲氏によるもので、馬場島の名は戦国武将の佐々成正がここに馬を置いて山越えした伝説に由来している。と同地で知り合った登山家の方からお聞きしました。風光明媚で自然の眺めが素晴らしく、眺めていると心が安らぐそんな気持にさせられ以後3度尋ねました。
憧れの中に試練あり 試練の中のその道を また歩き続けん
〈富山県上市町 馬場島の石碑より〉

下記の写真は2015年の春 鹿児島県知覧町にある知覧特攻平和会館を訪れた時のものです。

以前この様な記事を目にしたことがあります。それは戦争で負傷した兵隊さんが お世話になった病院の婦長さんに宛てた手紙の一部で
兵隊さん 「国のため 傷追いたれど恨みはなし 優しき君の看語受ければ」
婦長さん 「君の歌 しみじみ読んで気のつくは 僅かの中に誤字が2字あり」
ほのぼのしますね。本年8月15日は80回目の終戦記念日を迎えます
いつまでも平和な国であり続けますように

上記写真は2007年7月26日の夕刻に青森県の十和田湖を訪れた時のものです。十和田湖は青森県十和田市と、秋田県鹿角〈かずの〉郡小坂町にまたがる湖で、周囲が44キロ 水深が327メートルと日本で3番目の深さを誇り透明度は15メートルでとても綺麗な湖でした。このブロンズ像は昭和28年に十和田湖河畔に建てられた、高さ2.1.メートルの2人の裸婦が左手を向かい合って立っている乙女の像です。
作者は高村光雲の息子の高村光太郎です。光太郎は彫刻家でもあり詩人でこれが最後の作品です。モデルは光太郎の愛妻で智恵子抄で知られる智恵子夫人です。見事な台座は夫人の故郷である福島産の黒御影石を使用していると地元の方からお聞きしました。夫人に対する熱き思いとブロンズ像の出来栄えに深く感銘しました。